K RETURN OF KINGS After Stories

著 古橋秀之
「写真?」
「はい、この四月より、年度ごとに写真撮影を行うようにとの、法務局の指示です。《セプター4》全体と、部署ごとの集合写真。また、室長については個人の肖像のほかに、側近及び護衛に該当する人員と共に写ったものを一枚以上。これは……」
 気遣わしげに言葉を濁す淡島に、宗像は言った。
「なるほど、当局の求める“形式”ということですか」
 たかが写真、されど――この“集合写真”は、《セプター4》の組織の人員と構成を特定する資料となり得る。
 数ヶ月前まで《青の王》宗像礼司の私物とも言うべき「公然の秘密組織」であった《セプター4》は、今や公的機関としての地位を確定されつつある。書類、写真、その他諸々の情報をことごとに求められるのは、そうした趨勢の一環だ。
 しかし、
「――実にけっこう」
「は……?」
 眉をひそめる淡島に対し、宗像はゆったりと微笑んだ。

        *

 数日後、
「集合写真……って、必要あるんですか、それ」
 さも不快そうに言う伏見に、淡島は答えた。
「『ある』と、室長はお考えだ」
 日ごろから、伏見は写真に写ることを嫌う。少年時代よりさまざまな軽犯罪に手を染め、《セプター4》への入隊後も潜入捜査等の任務に当たることが多い身だ。顔が割れる行為を習慣的に避けようとする……そのような意味もあるだろう。
 だが、
「ID用の証明写真のデータがあるでしょう。俺の分は、そいつを余白にでも貼っておいてください。たしか中学の卒業アルバムじゃ、そうなってるはずです」
 そんな子供じみたことを言い出すのは、やはり単に「撮られるのが嫌い」だから、だろう。
『――なるほど、その手がありましたか』
 情報室で交わされている会話に、ふたりの襟元の通信機を介して、宗像が割って入った。
『いっそ、全隊員の映像を既成の写真から抽出し、合成するのも面白いかもしれませんね』
「室長?」
 淡島が問い返すと、通信回線の向こうで、わずかな苦笑の気配がした。
『失敬、冗談です。伏見君には私からの説得が必要かと思い、先ほどから君たちの話を聞いていました』
「は……そうでしたか」
『私は、君たちと写真を撮りたいのですよ』
 宗像の言葉に、淡島の背筋がやや伸び、
「……意味が分かりませんね」
 伏見は逆に、口元を不満げに歪めた。しかし、その表情はすでに“不満”から“疑問”へと変わっている。
 宗像礼司は意味のない行為に労力を割く人間ではない。儀礼的な写真撮影のために実働部隊のシフトを調整する手間とリスクを考えれば、むしろ先ほど「冗談」と称したような無理矢理な合成写真を、なにくわぬ顔で提出しかねない。それが、自ら「写真を撮りたい」とはどういうことだ? しかも「君たちと」と強調する意味は?
 そうした疑問に答えるように、宗像が言葉を重ねた。
『端的に言えば……《王》としての力を失い、私は弱くなりました。そうですね、伏見君?』
「……まあ、そうでしょうね」
 伏見は若干の逡巡と共に答えた。この問い掛けもまた、意図が読めない。探るように、言葉を続ける。
「《jungle》との決戦を最後に“ドレスデン石盤”は失われ、石盤に力を与えられた《七王》もすでに存在しない。今のあんたは《王》の抜け殻……と言って言い過ぎなら、ベータ・クラスに毛の生えた程度の“やや強力な異能者”に過ぎません」
「伏見、口が過ぎるぞ――」
『いいえ、まさにその通りです』
 淡島の叱咤を、宗像の言葉が遮った。
『今や私の頭上に《ダモクレスの剣》はなく、《王》たる権能を証す絶対的な力もありません。しかし、《王》はなくともこの地上には、未だ多くの異能者が存在します。彼らが今後引き起こすであろう混乱を思うならば、私が自らに課した《青の王》の責務もまた、消え去ってはいないということです』
「つまり、未だこの社会は、《青の王》を必要としている……と」
『そして、もはや《王》ならざる私が《王》の役割を果たすためには、君たちの力が不可欠です。それが、我々が“写真撮影”に臨む理由です』
「対外的なアピールってことですか。個人の異能ではなく、組織の団結こそが《青の王》の力である……と。やけに綺麗事じみて聞こえますが」
『もちろん、それは建て前です。分かりやすい理由を捏造した、と言ったところですよ。実際の動機は――』
 わずかに間が開いた。再び、宗像が笑う気配がする。
『たまには、こういった形で隊員たちとの親睦を図るのもよいだろうと思った、ただそれだけです』
「親睦……ですか」
『ご理解、ありがとう』
 通信が切れると、伏見は小さく舌打ちをした。
 その様子を見ながら、淡島は密かにうなずく。
 宗像が伏見に語った思惑は、先日淡島が受けた説明の半分ほどだ。ほんのわずかなやり取りで理解に至った伏見も充分に鋭いが、宗像は伏見の反応を引き出し、行動をうながすのに必要なだけの情報を与えると、韜晦と共に会話を切り上げたのだ。
 淡島が知る「残りの半分」は、以下のような話だ。
 ――写真提出の要求は、異能集団を危険視する政府が《セプター4》に「手綱をつけようとする」、あるいは「外堀を埋めようとする」狙いによるものではないか――
 淡島の口にした懸念に対し、
「それでけっこう」
 と、宗像は言った。
「『手綱がつく』とは『つながりができる』ということであり、『外堀を埋められる』とは『同じ地平に立つ』ということです。今まで、我々と彼らの間には溝があり、先日はそこを《jungle》に突かれ、危機を迎えました。たとえ警戒が目的であれ、先方が距離を縮めてくれるのならば、その状況は我々にとって有益です」
「こちらを締め上げに来た手を、逆手に取ることもできる……ということですか」
 宗像は答えず、もう一度微笑を浮かべた。
 そして、現在。
「伏見――」
「分かってますよ」
 伏見は椅子の背もたれに、だらりと体重を預けた。
「頭の上でぎらぎら光る“目印”がなくなった分、宗像礼司という人間は、より自由に、老獪に、搦め手を使える立場になった……これからの世の中と俺たちの間には、そういう腹芸が重要なんでしょう。俺の嫌いなやり口ですが、それが必要だってことくらいは分かります」
「納得しているなら、けっこうだ」
「……あの人が妙に楽しそうなのは、ムカつきますがね」
 拗ねたような口調に、淡島は思わず苦笑した。

        *
 撮影当日。
「――それではテスト行きまーす。三、二、一、ハイッ!」
 二度、三度とシャッターが切られたのち、カメラマンがファインダーから顔を上げた。
「構図はこれでOKですが……そちらの、室長さんの左の方。カメラのほう、向いていただけますか」
「伏見――」
 淡島の言葉を、宗像が遮った。
「いえ、彼はそのままでけっこう。彼らしい佇まいを写真に残すとしましょう」
「はあ」
 カメラマンは首をかしげ、伏見はますます横を向く。
「それでは本番行きます――」
「特務隊、抜刀」
「「「はッ」」」
 淡島の指示で、特務隊から選抜された八名の隊員が、サーベルを抜き、胸の前に構える。
 天空より地に差し向けられた巨大な《剣》なき今、《青の王》の存在を保証するものは、地より天を突く、小さな剣の群れ。
 それこそが、《セプター4》の長、宗像礼司が恃む力だ。
「ハイ、それでは――」
 カメラマンが屈み込んだ時、宗像は小さく、しかしはっきりと呟いた。
 その言葉が、背後の部下たちに、新たな誇りと英気を与える。
「――剣を以て剣を制す、我らが大義に曇りなし」

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